筑波海軍航空隊記念館で特攻の歴史を知る

観光

筑波海軍航空隊記念館は、昭和9年(1934年)戦闘機などの操縦訓練を行う場所として開設されました。

この場で日々、航空隊は飛行の練習をしていたんですよね。

そして時には「特攻」の練習もして、実際に「神風特別攻撃隊筑波隊」として大空へ飛び立っていきました。

そしてたくさんの命を落としました。

ここではそんな「特攻」の歴史を知ることができます。

 

この記念館を訪れたら、否が応でも戦争の悲惨な光景を目の当たりにします。

そして”二度と戦争を起こしてはいけない”って気持ちになりますよ、きっと。

その気持ちこそが平和な世界を創ることに繋がると思います。

 

映画「永遠のゼロ」ロケ地

筑波海軍航空隊記念館は、岡田准一さん主演の映画「永遠の0(ゼロ)」のロケ地として有名です。

 

 

館内には永遠のゼロにまつわるポスターなども多く張られています。

実際に私も映画を観てからここを訪れたのですが、「おぉ、ここで岡っちが・・!!!」ってちょっと気分が上がりましたね。

もちろん映画を観てなくても当時(昭和初期)のリアルな光景を堪能できますのでご安心を。

 

では実際に建物の中に入ってみましょう!

 

旧司令塔部庁舎

こちらが司令部庁舎です。

 

 

古びた建物が歴をを感じさせますね。

 

 

昭和初期に航空隊もここを出入りしていたんだと思うと、ちょっとドキドキします。

中に進みましょうか!

 

 

 

入口のところに、入場料金表が書かれています。

 

 

入館料金
大人:500円
子ども:300円

詳しい情報はこちら>>筑波海軍航空隊記念館|館内案内&料金表

歴史がわかる映像

入口に入ってすぐに、映像展示室があります。

ここではDVDが流れていて、航空隊の歴史や特攻について学ぶことができます。

 

映像展示『筑波海軍航空隊の歴史』――5分
映像展示『特攻の始まり』――24分

 

館内を回る前にDVDを観ればより一層理解を深めることができます。

この映像を観るのは自由なので、早く他を見たい!って人は先に進んでも大丈夫ですよ。

 

 

そうそう、映像室の中にはすでに展示物が置いてあるんですよ。

 

 

「神風昭和特別攻撃隊」「さらば」「轟沈」と書かれています。

轟沈(ごうちん)とは、船が攻撃によって沈むことをです。

つまり、神風特攻隊が敵の船に体当たりして爆撃するってことです。

爆撃したあと特攻隊の命は・・って考えると、胸が締め付けられますね。

 

 

他にも当時の様子が壁一面に飾られていました。

 

「永遠のゼロ」撮影場所

さて、館内で一番人気となるのが永遠のゼロの撮影場所。

 

 

部屋の前にご案内が貼ってありますので一目でわかりますよ!

そしてこちらが海軍病院の設定で、宮部(岡田准一さん)が怪我をした大石(染谷翔太さん)を見舞い外套(がいとう:防寒のための上着)を渡す場面を撮影した場所です!!

 

 

 

ここで岡っちが~・・!!!って気分が上がる瞬間です。

見事に部屋が再現されていますよね。

 

他に小道具もリアルに再現されています。

 

 

病人に使う血圧計が置かれています。

他にもうがい受けとかペンライトらしきものもありますね。

 

 

消毒や包帯など、すごくリアルです。

 

 

壁には「軍人たるもの、病床の上で死するべからず」という張り紙があります。

細かな演出ですね。

 

てかこれを見た瞬間、だったら戦争なんてするなよー!!って思わずにはいられませんでした。

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司令塔室

病室の隣には、司令塔室があります。

 

 

ここでも数々の映画の撮影がされました。

(たぶんここでこれまた岡田くん主演の「海賊と呼ばれた男」も撮影されてたと思います)

 

 

ここから色んな指令が出されるのですが、それにふさわしい部屋となっています。

トップの人がいるわけですから、重厚感があると言った感じがしますね。

 

館内は部屋だけではなく、廊下や階段も当時の作りとなっています。

 

 

古びた廊下が昭和時代をイメージさせてくれます。

 

 

まるで昭和にタイムスリップしたかのようです。

 

愛のペンダント

もう1つご紹介したい部屋があります。

それがペンダントが飾られている部屋です。

 

これは当時、筑波海軍航空訓練生の金井さんが、女学生に送ったものです。

 

 

金井さんが手作りしたペンダント。左がハートの形で、右が飛行機の形をしています。

このペンダントを文通していた女学生に送ったのです。

 

金井さんと女学生の写真がこちら↓

 

当時訓練生だった金井さんは、女学生と文通をしていました。

その数200通!!すごい数ですよね。

最後に送る手紙の中にこのペンダント2つを入れたそうです。

そして生前2人が会うことはありませんでした。

なぜなら金井さんは昭和20年4月6日、神風特別攻撃隊として沖縄周辺のアメリカ軍輸送船団に突入したからです。

23際という若さでーー。

 

このペンダントには、金井さんの女学生に対する想いが込められていると個人的に思っています。

愛する想いをこのペンダントに託したのではないかと。。

 

展示品

戦争の状況を知るには、展示物を見るとよくわかります。

これは零戦21型後部胴体です。

 

 

すごくボロボロの状態ですけど、これが零戦なんですね。

 

 

零戦の隣には、骨組みだけ戦闘機?もあります。

 

あとは制服も展示されています。

隊員が着ていた制服がこちら。

 

 

帽子尽きて飾られています。

訓練用の服もあります。

 

 

右側にあるのが予科練習生制服上衣

左側にあるのが飛行学生と練習生(予科練)の教科書の一部です。

どちらも貴重なものですね。

 

 

展示室には船や飛行機の模型もたくさん飾られていました。

 

お土産

さて、館内最後のご案内はお土産コーナー。

戦闘機をメインとしたグッズが置かれています。

 

 

 

女性はあまり欲しい気持ちにはならないかもしれませんが(笑)

戦闘機好きの男性とかなら思わず手が伸びると思いますよ!

 

館内を見終えたら、外に行ってみましょうか!

外に出てすぐ目の前にある台を見てみましょ。

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号令台

戦時中の訓練で欠かせないのが号令。

その号令で使用されてたのがこの号令台です。

 

 

当時のままのものです。

ここに多くの隊員が集合しました。

 

 

こうして見ると、少し隊員になった気分になりますね。

 

 

号令台から指揮する人がいて、その前にはたくさんの隊員がいる様子がイメージできます。

 

神社跡

庁舎から少し離れた場所に、神社跡があります。

(※詳しい場所は入口でもらえるパンフレットにマップで書かれてますのでそちらをご覧くださいね)

 

こちらが神社跡です。

 

 

ん?これのどこが神社って思いませんか?

石とコンクリートで固められたこの小さな四角形のものが神社(社殿)です。

 

 

神社(社殿が)がないのは、敗戦後に米兵の報復を恐れた地元の人たちの手によって壊されたんだそう。

でも社殿があった当時は、多くの隊員がここでお参りをしていました。

出撃前の隊員にとって、また、命の危険もある厳しい訓練の中、隊員にとっては心強い存在であったと思われます。

 

 

隊員に勇気を与え続けてくれたこの神社の神様はきっと心優しい方なんでしょうね。

ここは勇気というパワーを与えてくれるパワースポットだと思います!

 

慰霊碑

最後に読んでもらいたいものがあります。

それは慰霊碑に書かれたメッセージです。

 

 

これは平成11年(1999年)に建てられたものです。

ここに書かれていることを抜粋しますね。

 

筑波海軍航空隊 ここにありき

君は信じられるだろうか

ここを巣立った若者達が広域各地に勇戦敢闘しその殆どが南溟の空に散ったことを

数多の者が神風特別攻撃隊員として一命を捧げたことを

この地で編成し沖縄戦に出撃散革した筑波隊だけでも五十五柱を超える

※南溟(なんめい)とは、南方の大海。

 

つまり、ここで訓練した若者のほとんどが、神風特攻隊として命を捧げ、海の上で散ったということです。

この言葉の重みを実際に見て感じて欲しいです。

 

おわりに

筑波海軍航空隊記念館は、「特攻」の歴史がたくさん残っています。

特攻とはどういうものなのか、戦争によって失ったもの、そして命と平和の尊さについて考えさせられます。

 

平和な現代に生きる私たちは戦争の恐ろしさを知らないですよね。

だからこそ歴史を知って、二度と同じ過ちを繰り返してはいけないんだと思います。

 

ここを訪れると、二度と戦争はしちゃいけないって思いと、今ある自分の命に感謝したくなりますよ。

それくらい強烈なメッセージが込められた会館なのです。

 

筑波海軍航空隊記念館公式ホームページ

筑波海軍航空隊記念館(アクセス)
住所:〒309-1717 茨城県笠間市旭町654
電話:0296-73-5777

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